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□タイトル未定
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「ありがとう、和希っ。今から会計室に行って来るよ」
「ああ、うまくいくといいな」
さっきまで泣きそうな顔をしていた啓太が、今は笑顔で駆けて行く。
俺じゃない人のところへ、行ってしまうんだ。
もう何度、その背中を見送ったことか。
背中を見守りながら、愛していると心の中で叫んだって、届かないこともわかっているのに。
「全く…、ご苦労なことだ」
溜め息混じりにかけられた言葉に慌てて振り向くと、眼鏡のブリッジを上げる中嶋さんがいた。
「な、かじまさんっ?どうしてこんなところに!」
「そんなに驚くこともないだろう」
そんなことを言われても。
ここは東屋で、今は夕方。
いつも生徒会室にいるはずの中嶋さんが、こんなところにいたら誰だって驚く。
背後から不意に声をかけられたら尚更だ。
「丹羽を追っていて偶然通りかかっただけだ。それより、遠藤…」
いきなり甘美なものに変わる、中嶋さんの声。
背後から中嶋さんの長い腕がするりとのびて来て、抱きしめられる。
いや、これは抱きしめるなんてものじゃない。
抱き竦められる、と言うんだ。
強い力で捕らえられ、俺は身動きができない。
「な!何をしてるんですか!離してください!」
拒絶を示すために抵抗はしてみるが、中嶋さんの腕を振りほどくことはできないとわかっていた。
ほとんど部屋に籠りきりで仕事ばかりしている俺が、現役高校生に、しかも中嶋さんに、力では敵うはずがない。
それでも、抵抗せずにはいられない。
自分より背の高い男に、年下の男に、背中から抱きしめられ拘束されて、あまりいい気分とは言えないからだ。
「 え ん ど う … 」
掠れた声で耳元に囁かれ、息がかかる。
俺は、不意に与えられた小さな刺激にビクッと身を震わせてしまう。
こんな反応は、中嶋さんを煽るだけだから、できれば避けたいのだが。
今度は小さくククッと笑い声が聞こえ、わざとらしく、ふぅーと耳に息を吹きかけられた。
完全に、からかわれているとしか思えない。
こんな、こんな子供に。
「な…中嶋さん!」
「…おまえは」
「──え?」
「おまえは、いつまで伊藤の子守りをしているつもりだ?」
伊藤の、子守り…?
俺のしていることが、啓太の子守りだっていうのか?
啓太のそばにいて、啓太と笑っていたいと思うことが、子守りだって?
これが子守りであるはずがない。
俺は啓太が好きだから、啓太のために、できることをしてやりたいだけなんだ。
決して、子守りなんかでは。
「あなたに、そんなこと関係ないじゃないですか!」
「他の男のものになった伊藤を想い続けて、何になる?伊藤はもう、お前ではないアノ男に抱かれているんだぞ」
アノ男。
俺から啓太を奪った会計部の犬。
胡散臭い笑顔で啓太の側にいる七条が憎くて堪らない。
大切なものを奪われる苦しみを思い知らせてやろうと、何度となく西園寺を慰みものにした。
啓太のことしか頭にない七条は、未だ気付く気配もないが。
もしも西園寺が女なら、妊娠でもさせてやれば気付いただろうか。
とにかく七条を深く傷つけてやらなければ、俺の気がすまない。
俺から啓太を奪ったことを、一生後悔させてやる。
そして、啓太を手放せ。
傷ついた啓太を、俺が優しく迎え入れるから。
 

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