レンサイ

□Private Heaven
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和希の明日の予定を聞くために、石塚さんに会いに行ったのは朝、授業が始まる前。
和希が欲しくて教室を抜け出したのは、一時間目の生物の授業中。
和希と夢中でキスをして抱き合ったのも、まだ一時間目のこと。
あれから、どれくらいの時間和希に犯されていたんだろう。
ベッドで目が覚めたら、窓の外はもう真っ暗だった。
「啓太、起きたのか?」
「…うん」
「まだ眠かったら、もうひと眠りしていいぞ。ずっと、こうしてるから」
優しく髪を撫でられながら、和希のあたたかい腕の中で目が覚める。
こんなふうに和希の腕の中で目覚めるのは毎日のことだから、今はあたりまえのようになってしまっている。
だけど、こんなに幸福な目覚めは、きっと他にはないんだと思う。
「…かずき」
和希の広い背中に、腕をまわして抱きしめた。
和希の、匂いがする。
和希の、体温が伝わる。
和希の、胸の鼓動が聞こえる。
もし和希と別れたとしたら…、こうやって幸せな気持ちで目覚めることも、和希を抱きしめることも、一生できなくなってしまう。
俺にできるのは、目が覚める度に和希の腕の中を思い出して、泣くことだけ…。
そんなのは、絶対にいやだ───。
別れたくなんかない。
和希とずっと愛し合っていたい。
だけど…。
別れなきゃ、今別れなきゃ。
和希が明日、お見合い相手に俺とのことを話して断ったら、もう二度と、お見合いの話が来なくなる。
和希にはきっとそれが狙いなんだろうけど…でも。
いつか会長になる和希の恋人が『男』だなんて、和希の名前を汚すだけだ。
それに、俺じゃ、和希の跡を継ぐ子供も産んであげられない。
俺は、女じゃないから…。
別れなきゃ。
今すぐ。
今、ここで。
「…………か、ずき…」
「ん?」
「………っ」
好きなのに。
どうやって別れ話なんか持ち出すんだよ…。
あんなにたくさん抱き合って、あんなにたくさん愛してるって言ったのに。
あんなにたくさん、和希の想いを感じたのに。
こんなに、愛してるのに。
「…啓太、明日───」
「えっ、明日?って…明日?」
「そう、明日。バレンタインだろ?まさか、約束忘れてないよな?」
「わ、忘れる訳ないだろ…」
忘れる訳、ない。
明日のデート、すっごく楽しみにしてたんだから。
明日は仕事があるって聞いてたから、待ち伏せして驚かせようと思って、今朝石塚さんに和希のこと聞きに行ったんだぞ。
「明日、仕事で出かけるけど、夕方にはここに戻って来れると思うんだ。そのあとはずっと一緒に過ごそうな」
「…う、うん」
チュ、てキスをされて、頬を撫でられる。
明日お見合いを断りに行くはずの和希は、優しい笑顔。
『和希様にとっては、プライベートは恋人と過ごす時間だけのようです。それ以外は、全てがお仕事をしているようなものなのですよ』
石塚さんの言葉が頭に浮かんだ。
俺といない時間──、つまりお見合いは、和希にとっては仕事。
石塚さんはたしか14:00からだって言ってた。
和希が夕方までにここに戻って来るっていうことは、お見合いがすぐに終わるっていうこと。
すぐ終わるっていうことは、断るっていうこと。
もうこれ以上、俺のために何もしてくれなくていいよ………。
「……明日は…」
「…え?」
「鎖を買って来ようか。啓太を閉じ込めるのに必要だからな」
「……」
抱き合いながら、和希は、俺を鎖に繋いで、和希だけのものにしたいって言ってた。
本当に、本当に閉じ込めてくれるなら。
俺は喜んで和希の檻の中に入るのに。
「啓太を繋いで閉じ込めて、それから…」
「…それか、ら?」
「真実(ほんとう)の意味で、啓太を俺だけのものにする」
…バカだな、和希。
俺はもう、和希だけのものだよ。
ホントウもウソも、どうだっていいだろ。
俺のココロは、カラダは、全部全部和希のものだよ。
「啓太の見るもの、触れるもの、感じるもの全て。啓太の心を捕らえるものが、俺だけになるように。俺のことしか、考えられなくなるように…」
「………かず、き。俺は…」
「啓太とひとつになりたいんだ…」
バカ。
バカ…。
なんてこと言うんだよ。
そんな、切なそうに眉を寄せて、そんな、真剣な瞳で。
今にも泣き出しそうな顔して抱きしめるなんて。
和希はズルイ…。
俺はもう、和希のものなのに。
和希のことしか考えてないのに。
和希しか感じてないのに。
抱きしめてくれる腕のあたたかさや、優しさや、眼差し。
それから、和希の強すぎる想いだって。
俺の感じるものは全て、和希がくれるあたたかいものだけ。
でも…、和希。
俺が繋がりたいのは、カラダじゃない。
ココロじゃない。
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